なぜ今アメリカでオーディオブックが売れているのか?

急成長するアメリカのオーディオブック市場

オーディオコンテンツの未来 その1

書籍のフォーマットと言えば紙か電子書籍かの議論が思い出されますが、アメリカでは今、オーディオブックに出版界の大きな注目が集まっています。日本ではまだ馴染みの薄いこの出版フォーマットに何が起こっているのでしょうか?本稿ではアメリカの状況をご紹介し、近年の隆盛の原因を考えたいと思います。

オーディオブックとは?
朗読された書籍を録音し、パッケージとして販売したものです。

アメリカにおけるオーディオブックの急速な成長

APA(Audio Publisher’s Association)の2017年6月の発表によると、2016年のオーディオブックの市場は約21億ドル(2100億円)、前年比18.2%増で3年連続で20%近い成長を示しています。

この成長はユーザー数の急速な増加に支えられており、アメリカ人の約24%にあたる6千7百万人以上がオーディオブックを聴取しました(前年比22%増)。

278億ドル(2兆7800億円-2015)と言われるアメリカの出版業界において全体に占める割合はまだ少ないですが、最も急速に成長している出版フォーマットとして出版社の投資は拡大を続け、年間出版点数は増加の一途をたどっています。

書籍フォーマット別の成長率ーUS


オーディオブックの年間出版点数ーUS

なぜ今オーディオブックが売れているのか?

なぜ今、アメリカでオーディオブックが売れているのでしょうか?日本でアメリカのオーディオブック市場が話題になる時、アメリカは車社会だから車内で聴けるという声をよく耳にします。しかし、それでは最近の急成長を説明できません。アメリカの車社会は最近始まったわけではないからです。

主な理由は以下の2点にまとめられますが、私はもっとも大きな要因はライフスタイルの変化にあると思います。

  • モバイルテクノロジーの進化が購買と聴取をサポートした。
  • ライフスタイルの変化にオーディオコンテンツが適していた。

以下、順次解説をしていきます。

オーディオブックとモバイルテクノロジー

APAによるとスマートフォンでオーディオブックを聴くユーザーは2015年には約22%、2017年には29%に伸びています。コンテンツのデジタル化により、ユーザーはカセットテープやCDの時代のように販売店を探したり在庫を気にする必要なく、スマートフォンから直接購入できるようになりました。その他、購入については以下のようなデジタル化による貢献があります。

購入:

  • どこでもいつでも簡単に購入できるようになった。
  • SNS、Eメール、Webサイトなどの販売機会が増えた。
  • Audibleなどのサブスクリプションサービスが可能になった。

聴取に関してもスマートフォンがあればCDプレイヤーなどの専用のデバイスを持つ必要がなく、いつも持ち歩いているこのデバイスで気軽に聴くことができるようになりました。最近では通勤中にスマートフォンで聞いたオーディオブックの続きを家にあるスマートスピーカーで聴くこともできます。

聴取:

  • 専用の再生デバイスが必要なくなった。
  • 常に携帯しているスマートフォンによりいつでも聴けるようになった。
  • クラウド化によりスマートスピーカーと連動できるようになった。

モバイルテクノロジーが購入と聴取の双方に利便性を提供し使用のハードルを下げたことがユーザー数の増加につながり、ウェブマーケティングによる販売機会の増加や新しいサービス形態が売上に貢献しています。

誰がオーディオブックを聴いているのか?

同じくAPAによると、オーディオブックを頻繁に使うユーザーの約半分(48%)は35才以下です。また彼らは平均的なアメリカ人より年収が多く、高度な教育を受けている割合が高いそうです。AudibleのVPであるBeth Andersonは多くのユーザーはPh.D.を持っており、読書家であることを特徴としてあげています。これらのユーザーの多くは知識労働者(ナレッジワーカー)だと推測できるでしょう。

彼らのライフスタイルを想像してみましょう。

若く、野心的で、情報取得に熱心な彼らはアテンションエコノミーの加熱にさらされています。興味を引くものは多く、一日の限られた時間の中でたくさんのことをこなす必要があります。そのためにスマートフォンを使ったマルチタスキングが当たり前になっています。彼らは持ち帰りのピザを待ちながらSNSに書き込んだり、次の打ち合わせに移動しながらレストランを予約したりして、少しでも空き時間を有効に活用しようとしています(Smartphone Zombieースマホゾンビという言葉もありますね)。

しかし、日常生活の中にはスマートフォンを使えない時間もあります。車の運転中やジムでエクササイズをしている時、家で家事をしている時がそれです。実際にAPAの調査では、もっともオーディオブックを聴く場所は家が一番多く57%、次が車内で32%になっています。

またオーディオブックを頻繁に使うユーザーの68%は家事をしながら聴いたことがあると答えています。エクササイズは56%、工作は36%でした。オーディオブックを聴く理由については以下のように答えています。

  1. 他のことをしながら聴けるから
  2. 持ち運べていつでも聴けるから
  3. 聴いて読むのが楽しいから

生産性にこだわる彼らの中にはオーディオブックの再生速度を上げて聴く人も多く、1.5倍速から2倍速になりもっと早い再生速度を求める人もいるそうです。

まとめ

アメリカにおけるオーディオブックの隆盛は、読書家層と重なる知識労働者のライフスタイルの変化―日常的なマルチタスキング―をモバイルテクノロジーがサポートすることで生まれたものだと言えるのではないでしょうか?

残念ながら人の生活はさらに忙しくなりそうです。スマートフォンを使えない時間を使い、マルチタスキングで読書を行う傾向は今後も続くと予想されます。

出版社にとっては出版物をユーザーの新しいライフスタイルに合わせる方法論の一つとして一考に値するフォーマットだと思います。